楽園王2018-2020 >>














現在新情報準備中 2020年は3公演。


楽園王2020年度のラインナップは、1月イヨネスコ「授業」は、板橋ビューネ参加公演、場所はサブテレニアン。楽園王にとっての代表作を、新メンバーが多い中での新機軸にてお送りいたします。5月には日暮里d-倉庫にて、今年の現代劇作家シリーズ参加公演、「日本国憲法」をテーマに新作を執筆して上演いたします。表現の自由について、作品を通して素直な意見を述べさせていただきますが、もしかしたら問題作に? また、2019年夏に好評だった8月の短編戯曲集、今年も開催予定です。「鯉せよ乙女、二足飛び」と公演タイトルにて、恋がテーマの短編の競演。どうぞご期待ください。こちっりに情報が早いかも知れません。>>こりっち





身の程をわきまえる。


身の程をわきまえる、って考え方がある。日本というこの国にとっては美徳とされる考え方かも知れないが、本当のところは分からない。でも、きっとすごく一人一人の中に浸透していて、身の程をわきまえよう、なんて思うことなく、普段から無意識的にそれをやっているような気がする。自分も。皆も。そして、生きていく術として有効だと思うのは、当たり障りなく、摩擦なく、平和に、穏やかに生きようって時には、身の程をわきまえたことによって助けられたことだってあるに違いない。ね。だから全否定は出来ない。
けど、身の程をわきまえることによる、自分へのダメージについて考えてみた。身の程をわきまえることには、その効用の副作用としての、自分へのダメージがあると私には思える。一言で言うなら「自信を削られる」と私には見える。自信を「自己肯定感」って言い換えると、より分かりやすい。身の程をわきまえることで人は、どうしても自分への採点を低く見積もる。こんなことは正確に数値化出来ない以上、より低く見積もることで人は失敗を避けようとしてしまう。そして、だから、やればやるほど、自分の中での自己採点は下がり続ける。他人向けにうそぶいた「自分なんて」が、そのまま自己評価へと転じる。そりゃ自己肯定感なんて育つはずがないよね。身の程をわきまえる美徳を大事に生きる人は、そのことで得られる周囲との摩擦のない関係と引き換えに、実は、もっと大事なものを失ってやしないか。少しずつダメージを受けて、今、実は、いつの間にか瀕死だったりはしないだろうか? ある人のことを思い出し、その姿を頭に描き、私はすごく心配な、悲しい気持ちになる。この想像が杞憂に終わればいいと心から祈る。
想像する先を替えて、今度は、身の程をわきまえろ、と自分に忠告をくれる人物を思い描く。それこそ勝手な想像だが、どうしても、自分に身の程をわきまえろと言う人物に好感が持てない。彼らはきっと、自分よりも上の人間に違いない。どう上なのか、何を持って上と認定されているのかは分からないが、その方は身近にいて、上の立場から忠告を降り注いでくる。心配するような態度を取り、親身になって。安全に生きる術をご教示下さっているってわけだ。ばーか。ムカついたので付け加えておく。
もし、そんな人間の為に、巡り巡って結果的に自分がダメージを負っているんだとしたら、ああ自分の愚かさに虫酸が走る。奴らは実は敵ではないのか。実はあいつらこそ自分の邪魔をする障害ではないのか。そんな人の為に、自分から進んで身を削るようなことをしているなら、ああ、今からでも遅くない、遅くないっす、すぐにそれを中止して、自分を取り戻さなくってはならない。ありがとう、さようならと言って、その部屋から飛び出さなきゃならない。
ねぇ、身の程をわきまえるなんて、もうやめちゃったらどうだろうか?
自分の話に、自分の中だけの話に戻すけど、それに気づいた時がやめ時だよ。その謙虚な姿勢に確かに助けられた場面もあったし、ぶっちゃけ自分のそういう部分は好きですらあったけど、代償も大きすぎるって今気づいた。いつの間にか大きく膨らんでしまった自己肯定感の低さに、なんだかもう息も絶え絶えじゃないか。誰かがもっと自信を持ってなんて言っても、根拠もないのに無理だよって思って、そんな言葉ぜんぜん効きゃしなかったけどさ、自分で気づいたんなら、もう変え時かも知れない。もう、次に行く段階かも。まだ遅くない。間に合う。そう私は思っている。
なんてさ、まあ誰かへのアドバイスの振りしてここまで話してきたけど、ごめんなさい、実はこれって、私からの弁明なんだ。弁明。言い訳。これまで、皆さんのご指摘の、何でこの人は根拠も脆弱なのに自信満々で、あたかも認められた人みたいに振る舞うけど、平気で喧嘩売るけど、なんでそうなのか・・・、ここまで書いてきたのがそのことの弁明なんです。すみません。だってさ、誰かに認められたいって承認欲求を満たしてくれるものが世間の側にない以上、根拠のない自己評価の高さと、自己肯定感だけで戦って行こうとするの、仕方ないじゃんって思って。1度精神的には地獄まで堕ちたからさ、周囲からやってくるモノやコトバに頼らないで、それでも這い上がるにはこんな工夫が必要だったんだ。こんな知恵が。つまり、身の程をわきまえたりなんかしないよ。もうたくさん。身の程なんて知らないし、ちょっと何言ってるのか分からない。それが私なりのやり方。そして、あなたにもオススメしている。もう身の程なんて考えなくっていい。あなたはあなたが考えているよりは良い。自己採点方法は間違っていた。良い。良いよ。本当に。
あらためまして、本当申し訳なく、こんな具合ではありますが、ワタクシ、今後とも何卒どうかよろしくお願いいたします。
根拠ねぇ。根拠かぁ。まだまだ戦いは始まったばかりだ。
長堀